沖縄情報局

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石垣島の「730交差点」ってナゼそんな名前がついているの?

石垣市街の中心地、離島ターミナルのすぐ近くにある730 交差点。「ナナサンマル」と呼ばれています。なぜこのような前がついているのでしょうか。730交差点の昔と今を探ってみましょう。

730交差点

離島ターミナルから歩いて五分くらいのところに不思議な丸みを帯びた黒い石があるのをご存知ですか。石の中央には青い文字で「730」と刻まれています。両脇にはシーサーが見守るように座っています。この730の数字は1978年7月30日を表しています。この日は沖縄にとって特別な日でした。

この日、沖縄県で一斉に車の交通方法の変更が行われました。1972年5月15日に沖縄県はアメリカ合衆国から日本に返還されました。しかし沖縄県が日本に本土復帰を果たした戦後もアメリカ軍の統治の名残が残り続け、同じ日本国内であっても沖縄だけ車は右側通行となっていました。もちろん沖縄にアメリカ軍が来る前は沖縄でも左側通行だったのです。しかし1979年7月30日を境に“車は左側通行”に戻されることになったのです。

この日は沖縄にとっては歴史的な一日でした。この変更の様子を見ようと道に人だかりができたり、左側通行を体験してみようとする車が殺到し渋滞になったのだそうです。

しかし、右側通行から左側通行へ突然変えることなんてできるのでしょうか。沖縄県警の警察官1400人に加えて、日本各地から集められた3000人の警察官が交通整理をしたことに加え、沖縄の人たちが一致団結して協力したからこそなしえたのです。

石垣島ではこの日の午前6時に消防署のサイレンと港に停泊する船の汽笛を合図に164名の警官や民間の指導員で変更のための指導が行われました。驚いたことに、なんとこの変更にかかった時間はわずか8時間だったのです。さらに驚くことにこの変更以降心配されていた交通事故は交通法変更前よりも減ったといわれています。沖縄の皆さんはしばらくは慎重に慎重を期して気を付けて運転なさったのでしょうね。

この日を記念した「730記念碑」が設置されたのは1978年9月のことでした。今も730交差点を見守るように青い字で730と刻まれた丸みを帯びた記念碑がり、記念碑の両脇にシーサーが鎮座しています。このシーサーは2008年に記念碑の両脇に設置されたもので、名称も「730シィーシィーパーク」に変わりました。「シィーシィー」とは沖縄の言葉で「シーサー」を表します。

730交差点の近辺には「730」を関する店舗も多数あります。地元の人たちや観光客に重宝されているファミリーマートは交差点のすぐそばにあるのですが、支店名を入れると「ファミリーマート石垣730記念碑前店」です。

他にも「御菓子御殿石垣730店」、「石垣島きたうち牧場730店」などがあります。730が石垣島の人たちにとって身近な数字になっているのが分かりますね。

また、2017年4月17日には、730交差点の角に商業施設「730COURT」が開業し、話題を呼びました。一等地にそびえたつ白い都会的な雰囲気の建物はちょっと浮いている感じがしますが、紅芋菓子の「御菓子御殿」や京都の有名店「石垣島あのん」や、焼き肉やステーキのグルメ、ファッション雑貨などの店が入っており、730交差点を盛り上げています。ユーグレナモール、離島ターミナルにも近く、毎日多くの車と人が行き来しています。

石垣空港ターミナル出入り口前バス乗り場より「石垣港離島ターミナル」下車徒歩5分です。小さな公園ですが戦争によって苦難の道を歩んできた沖縄の歴史的な一日を垣間見れる場所として今日も静かに730交差点にあり続けています。