沖縄情報局

沖縄の観光・移住・生活情報をお届け

沖縄が琉球という名前で呼ばれる由来は?

首里城

沖縄県は観光地の名称や文章の中で頻繁に「琉球」という名前で呼ばれます。その他にもウチナーなどという言い方でも呼ばれ親しまれていますが、その由来は一体どこから来ているのでしょうか?

日本の縄文・弥生時代、沖縄は「オキナパ・オキナファ・オキナハ」という名称で呼ばれていました。どの呼び方も今の沖縄という名称に名残りのある名称です。

琉球

その後、中国との国交が盛んになってからは為政者や有識者を中心に、積極的に「琉球」という名称を使うようになりました。特に琉球王国が成立した15世紀から、19世紀に琉球王国が解体されるまでは通称として「琉球」が使われていました。

ただし「琉球」という名称は王府や役人たちが好んで使う一方で、庶民たちは「オキナファ・ウチナー・オキナワ・オキナハ」という名称を使用していました。

656年の隋書という中国の史書の中に出てきた「琉求」という名前が、琉球という名前が初めて出てきた文章です。その後、中国の史書には「流鬼(リュウキ)・留球・留求・留仇」という呼び名が登場し、その他に「夷邪久(いやく)・邪久(やく)」という呼び名も登場しましたが、流求と同一名称だったのではと云われています。

また779年に「唐大和上東従伝」の「阿児奈波島(あこなはとう)」という文献の中に「悪鬼納」などの文字が見られたことから、それが現在の那覇やウチナーに繋がったのではと云われています。沖縄という名前が初めて出てきたのは新井白石が享保4年(1719年)に執筆した「南島志」の中で確認されました。

琉球

その他に離島の名前も昔は、

  • 邪久(やく)=屋久島
  • 多禰(たね)=種子島
  • 阿麻彌(あまみ)=奄美大島
  • 度感(とかん)=徳之島
  • 信覚(しがき)=石垣島
  • 球美(くみ)=久米島

上記のような名前だったと考えられています。

「小さな島々を冒険的に渡ってきた人たちが見た大きい島」が「沖縄」という名前の由来では?と云われています。

沖縄では今なお「琉球」という言葉がたくさん用いられていますが、その中でもダントツで有名なのが琉球ガラスです。お土産の定番商品としても有名な他、県民にも広く愛されています。

琉球ガラス

そんな琉球ガラスですが、那覇市にある「玉井ガラス」という工房が沖縄県で初めてのガラス工房だと云われており、そこで造られるガラス製品は全て無色透明の生活雑貨でした。今のカラフルなものとは程遠いスタートだったんですね。

そして第二次世界大戦が始まると、沖縄県内のガラス工房は全て消失してしまいました。戦後の沖縄では圧倒的に物資が不足していましたが、米軍が飲んだコーラの空き瓶に目を付けたガラス職人たちが、コーラの空き瓶を再利用して琉球ガラスを作るとその色使いが米軍で大ヒット!

その後はコーラの空き瓶やビール瓶を再利用して造られ、今のようなカラフルな琉球ガラスになったと云われています。

糸満市

昔、外国船が糸満の沖で難破して8人の乗組員が上陸し、兼城の洞くつに仮住まいしました。そこをロンドンガマというようになりました。

外国人は村人と交流しやがて糸満の女性を妻に迎え住み着き、この人たちが感謝の意味を込めてここをエイトマン(8人の男)と名づけのちに、イトマンに変わったと云われています。

御成橋

那覇市久茂地にかかる橋で、1921年、昭和天皇がヨーロッパに行く途中、沖縄に立寄り県庁に行く際にこの橋を通ったので「御成り」と名付けられました。

山原(やんばる)

土地の大部分が山林原野のため、耕地、集落は転々としており、まれにしか見られないことから。

沖縄

これはあくまでも諸説あるうちの1つですが、沖縄の地名の由来は神様や伝説が関わっていたり、英語や中国語の聞き間違いなど、幅広いものであります。

その自然の多さと美しさから、多くの人に愛されている沖縄県。歴史は古く、また日本のどの場所とも比べ物にならないほど早くから外国の影響を受けてきました。本州の人には分かりづらい沖縄独特の方言や言い回しなども、歴史と密に関係があります。歴史の部分からも沖縄を知って、沖縄への理解を深めていきましょう!